屋で粉《こな》をふるう音が、コットンコットンと響いてくると、あたしは泣出したものです。住居蔵の裏が、せまい露地《ろじ》ひとつへだてて、そばやの飛離れた納屋《なや》があったので、お昼過ぎると陰気なコットンコットンがはじまる。神経質な子供だったと見えて昼寝していても寝耳に聴附けて泣出したのです。両親や祖母が困ったと言っていたのは、後日《あと》できいた思出でしょうが、そのふるい[#「ふるい」に傍点]の音も厭《いや》だったに違いありませんが、その家全体が子供心にきらいだったのではないかと思われます。どうも暗い小さなそばやらしかったのです。「利久」といって、主人になった息子とお媼《ばあ》さんだけで、そのお媼さんが、骨だった顔の、ボクンとくぼんだ眼玉がギョロリとしていて、肋骨《あばらぼね》の立った胸を出して、大肌《おおはだ》ぬぎで、真暗《まっくら》なところに麺棒《めんぼう》をもってこねた粉をのばしていると、傍に大|釜《がま》があって白い湯気が立昇《たちのぼ》っていたり、また粉をふるっている時は――宅の物置のつづきのさしかけで、角《かど》の小さな納屋の窓から、そのお媼さんの皺《しわ》がれた肩には、汚
前へ 次へ
全24ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング