いとしたが、祖母はグングン傍《そば》を通っていった。
 別の部屋へかわってからも、隣席の人たちが妙にあたしを見て、首をひねったり、何かいったり、うなずいたりした。帰りには、松田の人たちに守られて、俥のおいてある裏口の方から出された。
「大丈夫です。みんな表|梯子《ばしご》の方ばかり見張っていますから。」
と送り出した人たちは言った。松さんは大急ぎで俥をひいて駈出《かけだ》した。
「おそろしやおそろしや、この子を支那人《なんきん》が浚《さら》おうとして――」
と、俥をおりると祖母は家の者に言った。
 赤ん坊のころ、若い母親の不注意から、釣《つり》らんぷの下へ蚊帳《かや》を釣って寝させておいたら、どうした事か洋燈《ランプ》がおちて蚊帳の天井が燃えあがった。てっきり赤ン坊は焼け死ぬものと誰もが思ったが、小さい布団《ふとん》のまま引摺《ひきず》り出されて眠っていたという子は、支那人の人浚いの難からも逃れたのだった。そのアンポンタンが、どうした事か音に好ききらいが激しくって、蕎麦屋《そばや》のおばあさんを困らしたが――

 丁度ここに、いつぞや『婦人公論』へ書いた短文をはさもう。

 隣家の蕎麦
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