「とっととゆけ、用があらば伯母《おば》の家《うち》だ、表からはいれ。」
 そう怒鳴《どな》った。ブツブツ口小言をいっていた母が、かえって気の毒がって小銭を与えたりした。
 鉄面皮な甥《おい》は、すこしばかり目が出ると、今戸の浜金の蓋物《ふたもの》をぶるさげたりして、唐桟《とうざん》のすっきりしたみなりで、膝を細く、キリッと座って、かまぼこにうにをつけながら、御機嫌で一杯いただいていた。そんな日にはいやに青い髭《ひげ》だと思った。
 この男、晩年に中気《ちゅうき》になった。身状《みじょう》が直ってから、大きな俥宿の親方がわりになって、帳場を預かっていたので、若いものからよくしてもらっているといった。それでも若い衆におぶさって一度|逢《あ》いたいからと這入《はい》って来た時に、みぐるしくはなかった。大きな男が、ろれつの廻らぬ口で何か言いながら、はいはいした顔を出した時、みんなびっくりした。
「お前なぞ、そんないい往生が出来るなんて――よく若い者が面倒見てくれるな。」
 父がそう言うと、
「全く――裸で湯の帰りに吉原へ女郎買いにいったりした野郎が――全く、若いものがよくしてくれます。」

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