き》をついて、
「えらい女《ひと》をもらってしまって、あの女《ひと》のために西川屋もつぶれた。あの女の心がけがわるいからだが――」
 だが、奥女中姿の裲褂《かいどり》で嫁に来た時はうつくしかったと、不便がって貢《みつ》いでいた。
 ある日祖母は、例によって私をつれて、山の手の坂のある道を行った。富坂というところだと松さんは言った。露路へはいりながら、しどい場処《ところ》ですといって番地と表札をさがしたが、西川鉄五郎の家はどうしても知れないので空家《あきや》のような家で聞くと、細い細い声で返事をした。
「此処《ここ》でございます、此処でございます。」
 祖母は松さんに手をとられてはいっていった。畳もなければ根太《ねだ》も剥《は》いである。
「御|隠居《いんきょ》さん」
 戸棚を細目にあけてそう言ったのは、二、三日前の晩、袢纏《はんてん》を紐《ひも》でしばって着てきて、台所で叱られていた女だった。
「座るところはなくともよいから出ておいで。」
 祖母はそう言ったが、やがて、モゾモゾと半裸体の女が這《は》い出してきた。
「やれやれ、まあ!」
 呆《あき》れた祖母は、俥に乗せてきた包みを松さん
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