美事光明《びじこうみょう》が、一瞬にひっくりかえってしまったのだ。
 清子はその侮辱を、冷静に考え処理しなければならないと思ったが、昂奮《こうふん》した。謀反者《むほんしゃ》の間にいることがたまらなかった。
 蒲原房枝は彼女にこういった。
「こんな関係になりましたからって、決して定まった月給よりほか頂こうとは思っていません。私は、お金をもらって囲われているようなことはしたくないのです。」
 それからの泡鳴は、いっそ知れてしまったのをよい事にして、夜ごとに公然と、蒲原のところへ出かけて行くようになった。
 千仭《せんじん》の底へつきおとされた気持ち――清子にとって、それよりもたまらないのは、そうなっても夫婦関係をつづけようとすることだった。
 別居か離別か、その二ツに惑った彼女は、青鞜社《せいとうしゃ》に平塚|明子《はるこ》さんをたずねた。
 別居する決心がついた。収入の三分の二を渡してもらって、子供を養い、妻としての権利をもつのを条件に、私製証書は二通つくられた。
 あんまり事件《こと》が突然なので、誰も彼もびっくりしたが、岩野氏はあっさりと、荷物を積んだ車と一緒に、
「さようなら。」
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