と、何処《どこ》やらに絶望を噛《か》みながら、それでも、純一に夫を愛そうと、恋の自伝を書くために、行李《こうり》の底へ押込めておいた、五年間もつづけたという霊の恋の、形見の書簡を、陶器《せともの》の火鉢をひっぱり出して燃してしまった。電燈が薄ぐらく曇る煙りのなかで、泡鳴を揺り起して見せると、
「妙なことをする人だ。急に何を思出したんだ、この夜更《よふ》けに。」
と、もうそんな事には興味ももたなかった彼は、ともすると、
「なにも、いやいやいてもらいたくない。」
というようになった。
*
前号に、荒木郁子さんに養われて、震災の時に死んだ男の子を、清子の実子でないように書いたが、それは、あんまり諸方|訊《き》きあわせたための行きちがいであった。生田花世さんは、その頃、ペンネームを長曾部《ながそべ》菊子といわれたが、芸術まず生活の実行からと、水野葉舟氏の家に女中奉公をされていた。仲のよかった岩野、水野の両家の交わりは、紫紺の釣金《つりがね》マントを着て、大丸髷の清子女史を伴なった泡鳴氏がお得意の面《おも》で、
「清子も、とうとう僕の子を、ここへ入れている。」
と、細君のお腹《な
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