は恋しさを告白するようになった。
とうとう、婆やを連れて、大阪へ、家財道具そっくり持ってゆく日が来た。
*
大阪郊外池田山の麓《ふもと》に家居《かきょ》した彼女は、汽車に乗っただけで、郊外から郊外へ移って来たほど気が軽かった。
青菜に靄《もや》のかかる宵は、青葉の匂いのはげしいころだった。おなじような郊外の住家《すみか》というが、二階から六甲山も眺められる池田での生活には、彼女はガラリと様子が一変してしまった。主人《あるじ》が、今朝《けさ》のお出かけには御機嫌がよかったのに、お帰りになってから悪い、私がお出むかえしなかったからだろうか、なんぞというようになった。だが、それは表面だけで、四十四年五月十一日の日記には、
――私は結婚生活に経験がない。始めて男性に心身を許してしまった今日《こんにち》、私の結婚生活に対する幻影は早くもさめてしまった。古人が結婚は恋愛の墓だといっている。私は、恋人の努力によって、内外一致した恋愛生活が、真の結婚生活だと信じていた。結婚を葬るのは、当事者の努力が足りないためだと思っていた。しかし、これは私一人のイリュージョンかもしれない――
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