それをするならば、それは今日だ、この覚悟が崩《くず》れないうちにと思った。
 打明けるには、快《こころよ》い顔をしていたかった。気分を軽くするために、晴れた日の下に出た。お友達の家《うち》で闘球をして遊んで、夕ぐれになって帰るとき、これならば、心から笑って話せると思った。新しい恋人の心持ちで話しあおうと急いだ。はずみきって玄関から上りながら、旦那さまおうちときいたら、婆《ばあ》やは、お出かけですと答えた。
 清子の勢いこんだ覚悟は挫《くじ》けてしまった。
 泡鳴氏も苛々《いらいら》して酒ばかり飲んだ。そして、
「私は不幸な男だ。あなたも不幸《ふしあわせ》だ。その上、貧乏はする。さぞ詰らないだろう。」
とつくづく言った。精神的にも、物質的にも、なんとか打破しなければいけない。それには、生活をすっかり改《か》えるのに、限ると思ったためかどうか、『大阪新報』に入社することになった。後《あと》から清子も行くことになる前に、音楽家の北村氏夫妻が、新劇団体をつくるのに、女優にならないかと勧められて、清子の心は動いた。
「僕は自分の妻を、公衆《ひと》に見せるのは嫌《いや》だな。」
と泡鳴は反対した。
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