のは、いつぞや、此処へ来て間もなく、やっぱりお湯から帰ってくると、主客の問答を、襖越《ふすまご》しにきいた。
「まだか?」
「まだだ。」
 その時の客は、正宗白鳥《まさむねはくちょう》氏だったのだ。泡鳴氏の友達の方には、もっと手厳しいのがあって、ハガキで、そんなことをしていて、清子に男が出来たらどうするとか、彼女は生理的不具者なので、よんどころなくそうしているのだろうなぞといってきているのもあるのだった。
 清子には、そんなことはなんでもない非難だと思えた。それよりも辛抱のならない女客があることが厭《いや》だった。それは、泡鳴氏の先妻|幸子《さちこ》だ。三年前から別居しているという彼女は、冷やかな調子で、
「私は、貰《もら》うものさえ貰えば好《い》いんですからね。どうせ、この夫《ひと》とは気が合わないんだから、この夫《ひと》はこの夫《ひと》で、勝手なことをなさるがいいんです。あなたとは、気があっているそうだから結構でさあね。」
 永遠性を誓えない邪恋を押退《おしの》け純一無二のものでなければならないと、賤《いや》しむべき肉の恋をこばんで、苦しむ身に投げつける言葉のそれは、まだ忍耐《がま
前へ 次へ
全38ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング