話をきくことも多くなって、清子も小説を書こうと思いたったりしはじめた。
一ツ石鹸箱《シャボンばこ》をもって、連立《つれだ》って洗湯《おゆ》にゆくことも、この二人にはめずらしくはなかった。男湯の方で、水野|葉舟《ようしゅう》や戸川|秋骨《しゅうこつ》氏と大声で話合っているのを、清子は女湯の浴槽《ゆぶね》につかってのどかにきいていることもあった。今日も、一足おくれて帰ってくると、家《うち》のなかで女の声がしていた。
「いま現金がないから、そのうち金のある時に返すといっているのに。肯《き》かないのか。」
と、言っていたが、
「さあ、これが証文だ。」
何か書いて渡している様子だった。帰してしまうと、六畳の部屋へ顔を差入れて、化粧をしている清子の鏡のなかへ、自分の顔をうつしこんだ泡鳴は、
「彼女《あれ》だよ、放浪(小説)のモデルの女は。缶詰事業のとき、彼女《あいつ》の着物も質に入れてしまったので、返してくれといって来たのだ。金がなければ、証文にしろといって、持っていった。」
清子は、今帰っていった女のことなどは、あんまり気にならなかった。鏡にむかって、鬢《びん》を掛きながら、思いだしていた
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