ん》するとしても、名ばかりの夫妻とはいえ、夫が厳冬の夜《よ》も二時三時まで書いていることを、この女は知らないのだろうか、文学家の朝夕《ちょうせき》は、思ったより悲惨なものであるのに、その金を催促に来て、いう言葉がそれなのだ。
 ――あの、賤しい女に、何《なん》で、わたしは見下げられるのだ――と、ふと、そのことを、いま、帰っていった、襖《ふすま》の向うの女の声から、連想を呼び出されていたところだったのだ。
「なにをぼんやりしているのさ。」
 泡鳴氏は、はりあいなさそうにいった。
「ふん、これね、なんだか冷たい恋のようで、わたしたちに似ているから。」
と、清子は心にもないことをいって、はぐらかして、生けてあった連翹《れんぎょう》の黄色い花を指さしたが、鏡の中に、陰気くさい、気むずかしい顔をしている自分を見出すと、彼女は、またしても家のなかの空気を暗くしてしまう自分を、どうしようもなくなって、気をかえに散歩にでも一緒に行こうと、立上ると、八畳の部屋を覗《のぞ》いた。すると、泡鳴氏は後むきになって横になっていた。清子はその背中から、悶々《もんもん》としている憂愁を見てとった。
       *
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