いあげて荷物の上にさしこんでいる、厭《いや》だった姿が、まぶたの上にはっきりとした。
「あ、赤坂の旧家《うち》じゃない。」
 パッチリと眼がさめると、猫だと思ったのは、隣室《となり》から、男のいびきがきこえていたのだった。
 ラッパの音は、戸山学校からきこえてくるのだった。大久保の新居に来ての朝夕、馴染《なじみ》のない場処《ところ》でありながら、赤坂に住んだ五年間と変らないのは、陸軍のラッパの、音をきくことだけだった。
 ――もう、やがて、二十日ぢかくにもなる――
 目がさめさえすれば、妙にしょんぼりと、越して来た日のことが、目に浮ぶのが、この頃のならわしになっていて、十二月九日に泡鳴氏と、此処《ここ》に同棲《どうせい》しはじめてからのことが、またしても繰返して思いだされるのだった。荷物を出してから、二人して来たこの家に、家主《やぬし》のところから提燈《ちょうちん》を借りて来て、二人は相対していた。冷々《ひえびえ》した夕闇《ゆうやみ》のなかで、提燈を抱《かか》えるようにして暖まったり、莨《タバコ》を吸ったりして荷物のくるのを待った。
 お蕎麦《そば》で夕食をすませると、もう荷物も着くだ
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