しは人力車を約束の十一時までに着くように急がせた。
まだ店の窓にはすっかり白い幕が下げてあって、扉《とびら》の片っぽだけ白い布があげてあった。朝のことゆえ遠慮なく戸口を開《あ》けてはいり案内を乞《こ》うた。
店の中は――白い布を、扉の半開きだけあげた店の中は、幕開き前とでもいうように混沌《こんとん》としている。睡眠気分三、夜明け気分七――昼間がちらと、差覗《さしのぞ》いているといった光景であった。わたしは思いがけぬ「カフェーの朝の間《ま》」というところを見て、劇場の舞台の準備を眺めているような気持ちで佇《たたず》んでいた。
昨夜は気がつかなかったが、大方外に立てかけられてあったのであろう。クリスマスデナー開催の立札の、框張《わくば》りの大きなのが立《たて》かけてある。食券三円云々としるしてあった。階段の上り口には赤い紙に白く、「世直し忘年会、有楽座において」とした広告ビラが張ってあった。
鳥打ち帽に縞《しま》の着物の、商人の手代《てだい》らしい人も人待ち顔に立っていた。奥の方から用談のはてたらしい羽織を着た男が出て来て、赤い緒の草履《ぞうり》を高下駄《たかげた》に穿《は》き直し
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