に分るであろうと、そうしようとすると、
「向うの横へ曲って、そして右へいってごらんなさい。たしかそんな家があった気がする」
 親切に、一生懸命考えてくれて、すこし曖昧《あいまい》ではあるが、そうらしいからと教えてくれた。それを聞くとわたしは、裏というのは後を意味しているであろうことや、資生堂の暖かそうな飲料《のみもの》は、理窟《りくつ》なしに捨ててしまって「違っているぞ」と承知しながら、その方へむかって歩みを運ぶのであった。
 築地《つきじ》の海軍工場がひけたのであろう。暗い方から明るい方へと、黒い服のかたまりが押して来た。せまい歩道の上は、この人たちの列で、気の弱いものは圧倒され、たじろいで、立って待っていなければならなかった。若い娘たちは、下駄の歯をならして、おなじように厚いショールを前に垂らして、声高《こわだか》に話合ってゆく。まるで疲れを知らないようであるが、あの明るい町を突っ切って、暗い道にひとりひとり散らばってからは、どんな心持ちであろう。現在のわたしがそうした状態なのだが――
 三十間堀に巡査の教えた家があろうはずはなかった。わたしはぐるりと廻って新橋のたもとへ出た。そこ
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