知らないと言った。すると直傍《すぐそば》に、青に白の線のある腕章をつけた交通巡査がいて、
「あるある、出雲町《いずもちょう》の交番の裏だ」
と深切におしえてくれた。わたしはこのごろ、こうした事を巡査や交番で聞くことが、大層自然になって、すこしも気まりが悪かったり、嫌な思いをすることがなくなった。ただ、裏という言葉をハッキリ聞いておかなかったのを不安に思った。
間もなく出雲町の角の交番の前へたったわたしは、丁寧におじぎをしていた。
「この交番の裏ときいて参りましたが、この横町に御座いましょうか?」
すると若い、いかにも事務に不馴《ふな》れのような巡査は、全く当惑したように固くなって、わざわざ帳面など繰りひろげて見たりしてくれた。わたしは光りの流れてくる資生堂(食堂)の明るい店内を見ていた。白い着物が寸分の絶間なく動く、白い皿が光る、ホークとスプーンとがきらめく、熱い飲料の湯気が暖かそうにたつ、豊かそうに人が出たりはいったりする。わたしもあそこへ腰をかけて、疲れを癒《いや》して、咽喉《のど》もうるおして、髪でもかきあげて訪《たず》ねるところへゆくとしよう。それにあすこで聞けば直《じき》
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