。わたしはその中をぼんやりと歩いた。
 華やかな笑い声がきこえる。はっと我にかえると羞明《まぶ》しい輝きの中にたっている自分を見出《みいだ》した。そして前には美しいショールの女の五、六人が、中を割って、わたしを通して行きすぎた。すぐまたその後へ、キチンとした洋服の、すこしも透《すき》のない若紳士の群れが来る。わたしはしどろもどろである。乾《かわ》いて来た洗髪にピンがゆるんで、束髪《そくはつ》がくずれてくる煩《うるさ》さが、しゃっきりして歩かなくってはならない四辺《あたり》と、あんまり不似合なのに気がつくと、とって帰したいようになった。
 三丁目で、こんな店も銀座通りにあるかと思うような、ちょっとした小店で、眉毛《まゆげ》を剃《そ》ったおかみさんが、露地口《ろじぐち》の戸の腰に雑巾《ぞうきん》をかけていた。聞きよかろうと思って、カフェーナショナルは何処ですかと問うと、
「知りませんねえ、そんな家は。カフェーっていう洋食やならありますけれど」
 わたしはまた、銀座通りの店にこうした女房《おかみ》さんもあるのかと、お礼を言って離れた。
 尾張町《おわりちょう》の交番でたずねると、交番の巡査は
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