口から物語られる彼女を知ろうと思う。
三
大正九年も終る暮の巷《ちまた》を、夕ぐれ時に銀座の、盛《さかん》な人渦の中を、泳ぐというより漂ってわたしはいった。
クリスマス前の銀座は、デコレーションの競いで、ことに灯《ひ》ともし時の眩《めま》ぐるしさは、流行の尖端《せんたん》を心がけぬものは立入るべからずとでもいうほど、すさまじい波が響《どよ》みうねっている。これが大都会の潮流なのだろうと、しみじみと思わせられながらわたしはゆく――
今年の花時、花が散るとすぐあとへ押寄せてきた、世界大戦後の大不況のドン底の年末だとは、銀座へ来て、誰れが思おう、時計に、毛皮に、宝石に、ショールに、素晴らしい高価を示している。そしてその混雑の中を行く人は、手に手に買物を提《さ》げている。高等化粧料を売る資生堂には人があふれている。それも婦人ばかりではない、男が多かった。関口洋品店は流行のショールがかけつらねられて、明るさはパリーなどを思わせるようで、その店も人でざわざわしていた。美濃常《みのつね》では、帽子や、手袋や、シャツや、どれが店員なのか客なのか、見分けられないほどに黒く白かった
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