しとね》にじっとしていたいからとて、母親の御意のままになるがよいとて、人もあろうに出家の外妾とは、どうした心の腐りであろうと、好きな女であるだけに厭《いや》さが他人《ひと》ごとではないような気がした。とはいえ坊さんにだからとて恋がないとはいえないと弁護をして見ても、お鯉がその青年を捨《すて》てまで、または捨られたとしても、それにかえるに老年の出家を選もう訳がない。そこにはどうしても物質から来た賤《いや》しい目的が絡《から》まなければならない。
彼女は大森にいると伝えられた。生麦《なまむぎ》にかくれているとつたえられた。鎌倉に忍んでいると伝えられた。
多恨なる美女よ、涙なしに自身の過去《すぎこ》しかたをかえりみ、語られるであろうか。わたしはあまりに遠くから聴き、また見た記憶のまぼろしばかりを記しすぎた。近づいてあきらかに今日の彼女を知らなければ心ない噂と、遠目の彼女で全体をつくってしまう恐れがある。折よくも彼女は彗星《すいせい》のようにわたしたちの目の前に現われた。銀座のカフェー、ナショナルは彼女が新《あらた》に開いた店だということである。わたしは其処へいって、親しく、近しく、彼女の
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