しかも、あたしは押しゃあしないけれど、立会人になった、立派なお歴々の判はおしてあるのですの」
「随分ばかげた事ではありませんか、そんな騒ぎをして、後《のち》に渡してよこした時は、七万からのものが五万いくらかになっていましたって」
と、しげ子さんもいった。私も、
「井上伯とか侯とかは、そんなばかばかしいことでもしていなければ用もなかったのでしょうか、一体まあ立会人ていうのが誰なのです。随分世の中には暇な人が多いと見えますね、たのまれもしないことを」
「本当に頼まれもしないことをです。残していって下さった方は、頼みもなんにもしないことなのに」
「やろうというのは、その者に充分につかわせたいからなのは分っているじゃありませんか。何だって余計なことをしたものでしょうね」
「本当に貴女の仰しゃる通りよ。そのお金だって、いちどきに沢山|儲《もう》ける実業家ではなし、大臣は貧乏だったから、なかなかあれでも心にかけて積んでおいて下さったのです。よけいなものが出来ると、これはお前の分にして銀行へ入れておいてやろうといったり、臨時のことで株券なんぞが手にはいると、お前のものにしておいてやるからといって、その場で下さるものを銀行へ入れておいただけだったのです。ですから当然自分のものだと思っていたのです。それをいくら問いあわせても返事をしてくれずにほっておいたのちに、井上さんへ呼ばれるといまの話――個条書きの一件なのです。
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一 貞操を守る事、
一 子供の教育を自儘《じまま》になさざる事、
一 犯《みだ》りに外出いたすまじき事、
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 そんなことを読みあげて判をおせって……」
 語るものも、聞くものも、顔を見合せて失笑した。
「あたし夫人《おくさん》じゃない、妾《めかけ》ですっていってやったの」
 なんという簡にして要を得た、痛快な答えではないか?

       七

「そうすると怒ったのおこらないのって、あの有名な癇癪玉《かんしゃくだま》でしょう、それを破裂させたのです。馬鹿ッ、貴様はッて怒鳴ったのですけれど、あたしゃあ怖《こわ》いことはないから言ってやりましたわ。第一貞操を守る事なんて、そんなこととても出来ません。わたくしは若いのですし、旦那はおかくれになったのですから、これからのことはわたくしの自由では御座いませんか、そんなお約束はうっか
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