いう令妹の言葉に頷《うなず》いて、
「ええ、そうなの。そうではないの、あの方だって、誰の差図をうけろのどうのとは仰しゃらなかったし、もともと遺産といっても、あの方がおなくなりになってから、御本邸の方の財産をへらして分けて頂くのでもなんでもなかったのですもの」
「では、もともと貴女のものとしてあったのですか?」
わたしはもうへだてもわすれて、率直に自分の聞きたい方に急いだ。
「広太郎という御子息がありましたの、その方の事は大層信用していらっしゃったので、俺《おれ》が死んだらば、直にこの手紙を子息《むすこ》のところへもってゆけ、そうすれば、何にも言わなくっても、すっかり分るようになっていると仰しゃって、表書《おもてが》きにその方の名前を書いた文《ふみ》が出来ていましたのですけれど、その方《かた》のほうが先へおなくなりになってしまったので、それで面倒くさくなったのです。すった、もんだで、一年半というものは実に嫌《いや》な月日をおくりました。その間の苦しみって、困ったの困らないのって、お話にゃなりません。何しろその金へは手が附けられないのですものね。三人の子供と、二人の老母《はは》と、十人の召使いとがいて、以前の家に住んでいたのですもの」
おお、その時であろう、お鯉さんが貧乏していると伝えられ、あるものをみな手離しているといわれ、それはみんな彼女のふしだらからだなぞと噂されたのは――
「それもね、わたしが強情《ごうじょう》で、井上さんと喧嘩《けんか》をしたからですの。だって強情にもなりますわ、意地も悪くなりますわ、困らしたらば彼女《あいつ》頭をさげてくるだろうと、弱いものいじめをなさるから、わたしはどうしても屈服することが出来なくなって、苦しい意地も張るようになったのです」
「では、その財産をどうしようと先方《むこう》ではいったのです?」
「利息だけで暮らせ、それを毎月貰いに来いというのです。それには大変な個条書きが附いていて、それで承知ならば実印を押せというじゃありませんか。その個条書きったら、ほんとにばかばかしくって、とてもあたしには、さようで御座いますか、承知いたしましたとはいえないのですもの。今度出しておいてお目にかけましょうね、その個条書きっていうのを、あたしはちゃんと取ってあります。あんまりおかしいから、あたしは立派に張って巻物にしておこうと思っていますわ。
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