いの床でそう言続けていたが、生活のためには言附けも背《そむ》かなければならなかった。それに為《な》すこともなく日を過しているのでは、悲境に、魂を食われてしまったような座員の団結も頼まれず、座員の元気を鼓舞するには劇場へ出演するに限ると、川上にかくれて貞奴が一座を引連れて出た。多分そのおりのことであろう。二人の座員の死んだのをどうする事も出来ぬので、土地の葬儀会社へ万端のことを頼んでおいた。劇場から帰ってきて見ると死者の髯《ひげ》は綺麗に剃《そ》られ、顔も美しく化粧され、髪も香水がつけて梳《くしけ》ずられてあり、新しい礼装をさせられて花輪を胸に載せ、柩《ひつぎ》の中に横たわらせられてあった。昨日まで食を共にし、生死もひとつにと堅い団結を組んできた一行のものは、その死者の姿を見ると、いかにも安易《やすやす》として清げなさまで、昨日までの陋苦《むさくる》しい有様とはあまり違って、立勝《たちまさ》って見ゆる紳士ぶりに、生きている方がよいか、死んだ者の方がよいかと妙な風な考えになって、頭をさげるばかりだったという話を聴いた。ことに死者の胸に組合せた手の指の爪《つめ》まで綺麗に磨かれてあったという
前へ 次へ
全63ページ中57ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング