いたましさである。舞台に立って、児島高徳《こじまたかのり》に投げられた雑兵《ぞうひょう》が、再び起上って打向ってくるはずなのが、投げられたなりになってしまったほど、彼らは疲労|困憊《こんぱい》の極に達していた。百|弗《ドル》の報酬を得てホテルに駈込《かけこ》んだ時には、食卓にむかった誰れもかれも、嬉し泣に、潸々《さめざめ》としないものはなかったという。
 一座はその折、女優がなかったために苦い経験をしたので、奴は見兼ねてその難儀を救った。義理から、人情から、それまで一度も舞台を踏んだことのなかった身が一足飛びに、勝《すぐ》れた多くの女優が、明星と輝く外国において、貧乏な旅廻りの一座のとはいえ、一躍して星女優《プリマドンナ》となったのである。しかし、暫くの間はほんの田舎《いなか》廻りにしか過ぎなかったが、かえってそれは、マダム貞奴としての要素をつくる準備となったといってもよいが、一行の難渋は実に甚だしかった。ボストンへ廻って来たおりには、心労の結果川上が病気に罹《かか》り、座員のうち二人まで異郷の鬼となってしまった。
「俺《おれ》が全快するまでは下手《へた》なことをするな。」
 川上は病
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