ゃのこうじさねあつ》氏の一幕ものであったかと思う。殿様が恋慕《れんぼ》していた腰元《こしもと》が不義をして、対手《あいて》の若侍と並んで刑に処せられようとする三角恋愛に、悪びれずにお手打ちになろうとする女と、助かりたさと恐怖に、目の眩《くら》んでいる若侍と、一種独特な人世観を持った殿様とが登場する狂言で、殿様が喜多村|緑郎《ろくろう》、若侍が花柳章太郎《はなやぎしょうたろう》、貞奴が腰元であった。腰元は振袖《ふりそで》の白無垢《しろむく》の裾《すそ》をひいて、水浅黄《みずあさぎ》ちりめんの扱帯《しごき》を前にたらして、縄にかかって、島田の鬘《かつら》を重そうに首を垂れていた。しかしその腰元の歩みぶりや、すべての挙止が、あまりにきかぬ気の貞奴まるだしであったのが物足りなかった。何故オフィリヤやデスデモナやトスカや、悄々《しおしお》と敵将の前へ身を投《なげ》出すヴァンナの、あの幽雅なものごしと可憐さを、自分の生れた国の女性に現せないのだろう、異国の女性に扮するときはあれほど自信のある演出するのにと思った。その幕がおわってから楽屋へ訪れたのであった。
卓にお膳立《ぜんだて》が出来ていて、空
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