席になっているところがわたしのために設けられた場所であった。貞奴は鏡台をうしろにして中央にいた。すぐそのとなりに福沢さんがいた。御馳走《ごちそう》の充分なのに干魚《ひもの》がなければ食べられないといって次の間で焼かせたりした。わたしは(ああこれだな、時折舞台が御殿のような場で楽屋の方から干魚《ひもの》の匂《にお》いがして来て、現実暴露というほどでもないが興味をさまさせるのは――)などと思っていた。福沢さんがお茶づけが食べたいというと、女茶碗《おんなぢゃわん》のかわいいのへ盛って、象牙《ぞうげ》の箸《はし》をそえてもたせた。新富座の楽屋うらは河岸《かし》の方へかけて意気な住居《すまい》が多いので物売りの声がよくきこえた。すると貞奴は、
「早くあの豌豆《えんどう》を買って頂《ちょう》だい、塩|煎《いり》よ。」
と注文した。福沢さんがあんなものをといったが、あたしは大好きなのだからと買わせて食べながら「これは柔らかいからおいしくない」といって笑った。
 そうした様子がから駄々《だだ》っ子で、あの西洋にまで貞奴の名を轟《とどろ》かして来た人とは思われないまで他《た》あいがなかった。飯事《ままご
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