までは口にする人じゃなし、それに、ああすればこうと、ポンといえば灰吹きどころじゃなく心持ちを読んで、痒《か》ゆいところへ手の届くように、相手に口をきらせやしないから、そりゃまるで段違いだわ、人間がさ」
それだけの言葉のうちに以前の寵妓《ちょうぎ》であって、かえり見られなくなった女と、貞奴との優劣がはっきりと分るような気がした。ほんの通り過ぎたにすぎないので、そのあとでも聴きたい話題があったかも知れない。
順序として貞奴の早いころの生活についてすこし書かなければならない。わたしがまだ稽古本《けいこぼん》のはいったつばくろぐちを抱えて、大門通《おおもんどおり》を住吉町《すみよしちょう》まで歩いて通《かよ》っていたころ、芳町には抱《かか》え車《ぐるま》のある芸妓があるといってみんなが驚いているのを聞いた。わたしの家でも抱え車は父の裁判所行きの定用《じょうよう》のほかは乗らなかったので、何でも偉い事は父親が定木《じょうぎ》であった心には、なるほど偉い芸妓だと思った。一人は丁字《ちょうじ》屋の小照といい、一人は浜田屋の奴《やっこ》だと聞いていた。小照は後に伊井蓉峰《いいようほう》の細君となっ
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