花束を贈ったわたしは楽屋へ招かれていった。入口の間《ま》には桑《くわ》の鏡台をおいて、束髪《そくはつ》の芳子《よしこ》(その当時の養女、もと新橋芸者の寿福《じゅふく》――後に蒲田《かまた》の映画女優となった川田芳子)が女番頭《おんなばんとう》に帯をしめてもらって、帰り仕度をしているところであった。八畳の部屋が狭いほど、花束や花輪や、贈りものが飾ってあって、腰の低い、四条派ふうの金屏風《きんびょうぶ》を廻《めぐ》らした中に、鏡台、化粧品|置台《おきだい》、丸火鉢《まるひばち》などを、後や左右にして、くるりとこっちへ向直《むきなお》った貞奴は、あの一流のつん[#「つん」に傍点]と前髪を突上げた束髪で、キチンと着物を着て、金の光る丸帯を幅広く結んだ姿であった。顔は頬《ほお》がこけて顎《あご》のやや角ばっているのが目に立ったが、眼は美しかった。
 とはいえ当年の面影はなく、つい少時前《すこしまえ》舞台で見た艶麗優雅さは、衣装や鬘《かつら》とともに取片附けられてしまって、やや権高《けんだか》い令夫人ぶりであった。この女にはこういう一面があるのだなと、わたしはちょっと気持ちがハグらかされた。
 わ
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