盆を押しかくしたが、苦しがつて吐いた蜜柑の汁が、實《み》が、顏にくつついてゐて、すぐさま露見したことがあるのだ。
「歸つてきて、燦々《さん/\》會で、澤山ためこんでおいた、そつちの演劇《しばゐ》の講義を受けもつてくれない? それに――」
私はそこで急に思ひついたのだ。それは昨夜《ゆうべ》讀んだ、ロシアで九月一日から十日まで大演劇祭のあることだつた。
「モスクワへ寄つて、大演劇祭に上演されるものをみんな見て來てしまはない? ね、實に好い機會だから。出來るだけ、新しい演劇をためこんできて、今までパリで見たものと對照して話してきかせてくださいね。屹度みんなも期待してくれる。そしてね、ゆつくりと、長く長く實によく貴女《あなた》は見ておいたのだから、日本の芝居と考へあはせて見てね。」
そんなことを言つてゐるうちに二人《ふたり》は泣いたやうだつた。現實の空想家の眼はぬれた。私は勝手にしやべりつづける。
「わたしは、も一度《いちど》海を越して、ロスアンゼルスへ行くの。」
其處《そこ》には、この友達が一時非常に仲をよくした田村俊子さんが居るのだ。
「俊子さんは、鈴木さんが(夫君)日本へ來てゐて、
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