つてくれればよいにと、さびしかつた心が、海を行く空想を逞しくさせたのだつた。
 ――かう降りつづいては、汽船の室《なか》でも垂れこめて――
 土用《どよう》のうちの霖雨《つゆのあめ》を、微恙《びよう》の蚊帳のなかから眺め、泥濁《どろにご》つた渤海あたりを、帆船《ジヤンク》が漁《すなど》つてゐる、曾て見た支那海《しなのうみ》あたりの雨の洋中《わだなか》をおもひうかべる。そのかたはら、この冷氣はオホツク海から寒流がくる潮《しほ》の加減だと書いてあつたがと、ウロ覺えの新聞知識で天文學者の卵でもあるかのごとく案じ、さういへば、ロシアでは氷に閉された北洋の潮流變更に苦心してゐるといふが、學術的にそれが成功すると、我國の被害は甚大で、氣候の變化があらうと、嘘か誠か、何かのはしで讀んだ事が妙に氣がかりにもなるが、無論それはとりとめもない考への主流でなく、眼は洋中《わだなか》のごとき庭の青さと、銹銀色《さびぎんいろ》の重い空の、霧つぽい濕つた外《おもて》を見てゐたが、空想旅行の方はとつくに船《ふね》はてて上陸し、パリの友達の寓居をノツクしてゐた。
 いつぞや林芙美子さんが、パリの食品市場で、八千代さん
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