せんことを求めたが、デモクラシーは決して共和政体の意味にのみ取るべきものでない[#「デモクラシーは決して共和政体の意味にのみ取るべきものでない」に白丸傍点]。もっとも共和政体とデモクラシーと関係の近いことはいうまでもない、けれどもこの両者が同一物でない、我国体を心配するものは右両者の関係近きがためであるけれども、近いがために危険視するのは取越苦労であって、君主国と専制国と関係甚だ近い、それ故に君主国を危険視するならばそれこそ危険の極でないか。僕の見る所ではデモクラシーは国の体でもないまたその形でもない[#「僕の見る所ではデモクラシーは国の体でもないまたその形でもない」に白丸傍点]、寧ろ国の品性もしくは国の色合ともいいたい[#「寧ろ国の品性もしくは国の色合ともいいたい」に白丸傍点]。であるから共和政治にしてもデモクラシーの色彩の弱い処《ところ》もある、現に羅馬《ローマ》の歴史を見てもオクタヴィアスの時代にはその政体の名実が符合しない感がある。また近きは奈翁《ナポレオン》三世の時代の仏蘭西《フランス》も果して共和国であったか帝国であったか判断に迷う位である。また名は君主国であってもその実デ
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