ておけば、今は天気が晴れているけれども、これから車を挽いて三里も行けば、天気が変って来るからと、前以ってそれだけの賃銭を増して約束する。客の方でも車から降りるときに、かれこれ小言をいう必要がないというような種々な便利がある。かくのごとくに車夫学とでも言おうか、これを特殊の専門学校で教えるようにしたらどうであろう。されど一歩進んで考えると、車夫が生理学を学び、ちょっと人の脈でも取れるようになれば、やはり車を挽《ひ》いているだろうか、恐らく挽いてはいまい。脈が取れるようになると、もうパッチと半纒とを廃《や》めてしまい、今度は自分が抱車に乗って開業医になりはせぬか、それが心配である。してみると車夫なら車夫という職業で、彼らを捨て置いて、車夫以上の智識を与えてはならぬ。それと同じ事で、商業だろうが、工業だろうが、あるいは教育学であろうが、その他何の学問であろうが、人を一の定まった職業に安んじておこうと思えば、その職業以上の教育をせぬように程度を定めねばならぬ。然るにこれは甚だ圧制なやり方で、到底不可能ではあるまいか。維新以前は、左官の子供は左官、左官以外の事を習ってはならぬぞと押え附けていたか
前へ
次へ
全45ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
新渡戸 稲造 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング