鹿らしい気がし出してきて止《や》めた。
「発送は僕が一人でやつて置くよ。すぐ、うちへ行つたら好いだらう」
不意に、佐治にかう云はれて、私は又胸をワクワクさせた。小説のことなどを思ひ出したのが恥かしくなつた。ぐづぐづしてゐるうちに、ヒヨツと若《も》し姉が死んで了《しま》ひでもしたらどうしよう。と、私はそはそはして来て、何か出鱈目《でたらめ》な言葉をぶつぶつ呟《つぶや》きながら、佐治に挨拶《あいさつ》もしずに、あわてて階段を下りた。
戸外へ出ると、雪の上を渡つて来た冷たい風が、スーツと頬《ほほ》を吹いた。白い路《みち》の行手に、帽子を眼深《まぶか》に被《かぶ》つてうなだれたまま、オーバコートのポケットに手を入れてしよんぼり立つてゐる、兄のヒヨロ高い姿が目についた。私が追ひつくと、兄も列《なら》んで歩き出した。女子美術の前をだらだら下りて菊坂へ出ようとしたのである。
「郵便局は、ここからだと何処《どこ》が一番近いだらうね」
兄は、体を私へすりよせるやうにして云つた。
「さア、真砂町《まさごちやう》の停留所前にあるが……」
私は悲しい気持になつてゐた。熱海に避寒してゐる心臓の悪い父や、
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