代々木に嫁《とつ》いでゐる気の弱い妹などが電報を受取つて、驚くさまなどが思ひ描かれてゐたのだ。が、悲しくはなつてゐても、私の気持はまだそんな風に、人の悲しみを思ひやると云ふ程度の余裕があつた。さうして、姉が死んだら、もし姉が死んだら、兄の結婚も延びて了ふだらうなどと、信代さんとの結婚が来月に迫つてゐた、兄のことなども一寸の間頭に浮んでゐたのだつた。と、不意に目の前の菊坂を、金色の造花や、銀色の造花を持つた人足が通つて行くのが見えた。続いてあとから、普通の花を持つた葬儀社の人足や、幌《ほろ》をかけた俥《くるま》などが幾つも幾つも通つて来たのだ。
ハツとして、「悪いものが通る」と、思はず私は呟いた。兄も私もやや暫く足をとどめて長い葬式の列をやり過さねばならなかつた。私は唇を噛《か》んでゐた。腹立しく足駄の先で路の雪を蹴《け》つてゐた。
葬式をやり過して了つたあとでは、兄も私も前より急ぎ足になつて真砂町の方へ坂を登つて行つた。姉の命が気づかはれて来るのを、私はどうしようもなかつた。死にはしまいか、死にはしまいかと思はれて来るのをどうしようもなかつた。で、癪《しやく》に触《さは》つて、故意
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