《わざ》と逆に、「もう死んでゐるのだ。姉さんはもう死んで了つてゐるのだ」と、自分で自分に思ひ込ませようとした。心の底では、さう思ひ込ませてさへおけば、それが何時もの先走りした愚な私の思ひ過しになつて、木村へ馳《か》けつけた時分には、よくそんな病人にある奇蹟が起つてゐて、駄目だと医者に宣告された姉が危篤の状態から逃《のが》れてゐる、と云ふ風なことになつてくれさうなものだと、虫好く考へながら……。
電車路に出ると、「ぢや電報を打つて来るから」と云つて、兄は私とわかれて、真砂町の停留所の方へ行き過ぎようとした。
「兄さん」と、私は呼びとめてみたが、別に兄に用があると云ふのではなかつた。兄と分れることが淋《さび》しかつたのだ。ふりかへつた兄に、「いや、何でもないんだ」と云つて、三丁目の方へ歩き出した。弱々しい気持になつてゐた。俯《うつむ》いて歩いてゐると、疲れ切つた目の中に、チクチクとしみるやうに雪が光つた。私は急ぐ気力もなくなつてゐた。これから、ゐもり[#「ゐもり」に傍点]の黒焼屋などへ薬を買ひに行かねばならないことが、下《くだ》らない道草の気がしてイヤでイヤでならなかつた。イボタの虫だな
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