んて云ふ訳の解らない売薬が何で瀕死《ひんし》の病人に利《き》くはずがあらう。幾ら母の云ひつけであらうと、そんなものを買ひに行つてゐる間に若《も》し姉が死んで了つたらどうしよう。かう思ふと私は腹が立つてならなかつた。けれども、背後から、厩橋《うまやばし》行の電車が徐行して来た時には、私は乗ることに運命づけられてゐるかのやうに、その電車に飛び乗つて了はない訳に行かなかつた。
電車は満員であつた。本郷三丁目で留《とま》ると、下車する人々のために長い間|手間《てま》どつた。私は人に押され押され、車掌台に立つて往来を眺《なが》めてゐた。目の前に建て連《つら》なつた店々の屋根から、軒から、解けた雪の雫《しづく》が冷たさうにポタポタと落ちる。かつ[#「かつ」に傍点]と陽を受けて、雫に濡《ぬ》れた飾窓《ショウウヰンド》のガラスが泣いたやうにギラギラ光つてゐた。時折は、本郷|巣鴨《すがも》行や本郷|白山《はくさん》行の電車が、勢よく響を立てて赤門の方へ走つて行くのが見えたけれども、さうしてあれにさへ乗つて了へば、直ぐ木村の家へ行けるのだと思つたけれど、何と云ふ理由もなく私は、あんな勢の好い電車には到底
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