乗ることが許されない自分なのだと云ふ風な気がして、何時までも動き出さない電車に苛々《いらいら》しながら、悲しい気持で車掌台に立つてゐたのだ。降りる人が降り切つて了ふと、待つてゐた人々が一斉にドヤドヤ乗り込まうとした。その人波の向うに、何処かの店の飾窓《ショウウヰンド》に沿つて、ぽつりと歩いて行く洋服を着た男が目についたが、それが、兄らしかつた。よく見てゐるとやつぱり、兄だつたのだ。私はもう矢も楯《たて》も堪《たま》らないやうな気がして来て、急いで車掌に十銭銀貨を握らせたまま電車を下りた。
「どうしたんだ……」
兄は私の姿を認めると、ギクリとしたやうにふり向いて云つた。
私は顔一杯に弱々しい微笑を湛《たた》へて、詰《なじ》られでもしたやうな、兄の強い口調をはぐらかして了《しま》はうと思つてゐた。
「電報をかけて来たの」
「いや、真砂町《まさごちやう》のは三等局で電報はかけられないんだよ。これから本郷局へ行く気でゐるんだが……」
「さう、ぢや本郷局の前まで一緒に行かう」
「歩いて行く気なのかお前……」
「えゝ」
と、曖昧《あいまい》に答へながら、媚《こ》びるやうに私は兄の顔を視戍《み
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