まも》つてゐた。兄と一緒にさへ居られれば力強い気がされてゐたのだつた。
「駄目だよ。歩いて行つたんぢやおそくなつちまふだらう……」
 兄はかう云つて、私の体に喰つついて来たが、ふと、私の外套《ぐわいたう》の前をキチンと合せてくれたり、一つもかかつてゐないボタンを、丹念に嵌《は》めてくれたりした。
「直ぐ電車で行つておいで……」
 私は悲しくなつた。イボタの虫なんて買ひに行くのはイヤだと駄々をこねようと思つたが、へんに唇が歪《ゆが》んで来るばかりで、口を利《き》くことが出来なかつた。黙つて兄から顔を視守られてゐると、どう反抗しようもなくなつて来て、丁度先の電車が動き出さうとした機勢《はずみ》に、踵《くびす》をめぐらして、それに飛び乗つて了つたのである。
 私は車掌台にやつと立つて、冷たい真鍮《しんちゆう》の棒につかまつてゐた。車掌や車中の乗客からジロジロ顔を視守られてゐるやうな、侮蔑《ぶべつ》されてゐるやうな、腹立たしい気持でゐた。それでも、何時《いつ》ものやうに私は、心の中で彼等を蔑視《さげすみ》かへす気力がなかつた。少し強い口調で何か言葉をかけられでもしたら、誰にでもベコベコ頭を下げ
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