リックになつてゐる様子なども思ひやられて、こんな場合に兄と、口論めいた口を利くのがイヤだと私は思つた。
「買ひに行つても好いけど……」
 私は、急いで着物を着かへながら、何時《いつ》もの横着で一寸の間使に行き渋つてゐたのだと云ふ風に、兄の手前を装つた。
「行くかね」と、兄は微笑して、「――行くんならね、普通の生薬屋《きぐすりや》へ行つても駄目なんださうだ。広小路の先の、たしか黒門町あたりに、ゐもり[#「ゐもり」に傍点]の黒焼屋が沢山|列《なら》んでゐるね、あそこで売つてゐるんださうだ」
「ゐもり[#「ゐもり」に傍点]の黒焼屋だつて……。イボタの虫つて云ふもんなんだね」
 私は、兄と目を見合して寂しく笑はずにはゐられなかつた。一瞬間、私の胸には、姉の危篤といふことから来る重ツ苦しい圧迫が、影を潜めてゐた。姉のために、ゐもり[#「ゐもり」に傍点]の黒焼屋へ、時代錯誤の薬を買ひに行くと云ふ風な古めかしい使が、何か淡い哀愁を誘はれる好ましい仕草にも思はれたのだつた。
「ぢやそれを買つて、直ぐ木村へ行つてみませう。兎も角一緒にここを出ませう」
「うん。さうしよう。寒くないやうにして行かなくてはい
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