だから、買つて行けよ」
「だつて、そんなもの……」
肺炎で、妊娠してゐて、医者がもう駄目だと云つてゐると云ふ病人に、酸素吸入をやつてゐると云ふ病人に、下らない売薬なんて買つて行つたところでどうなるものかと、私は思はずにゐられなかつた。私は昨日木村へ寄つた時に、姉の病気を軽くみてろくに側にもゐなかつた自分が悔いられた。昨日に限つて、原町の家に宿《とま》らずにゐた自分が悔いられた。母にお金を貰つて、好い気になつて、呑気《のんき》に放埒《はうらつ》にすごした昨夜の自分が悔いられた。佐治を誘つて、十二時近くまで切通しの鳥屋で酒を飲んでゐたり、宿へ戻つてからも、隣室の谷崎潤一郎氏に誘はれて、竹久夢二氏や渡辺氏などと、明け方近くまで勝負事をしてすごした自分が悔いられた。
「でもね、買つて行つた方が好いだらう。母あさんがさう云ふんだから」
兄は、無理に強《し》ひると云ふ風には云はなかつた。私は兄を気の毒に思はない訳に行かなくなつた。普段から、私などとは比較にもならないほどに、売薬の効果などを信用しようとしない科学者の兄が、意固地《いこぢ》に自分を守らうとはしずにゐる。母の、あわてふためいてヒステ
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