に行かなくなつた。兄の言葉を信じない訳に行かなくなつた。さうして、不意に胸が塞《ふさ》がつてきた。――四五日前から、風邪《かぜ》をひいて寝てゐると云ふ姉には、昨日、原町の家へお金を貰《もら》ひに行つた時に、母から注意されたので、かへりに私は木村によつて姉を見舞つたのだ。その時、別に重態と云ふやうな様子は少しもありはしなかつた。それに……。
「医者が、もう駄目だと云ふの」
私は出来るだけ、気持を冷静に保つてゐようと努めながら訊いた。
「あゝ、さう云ふんだ」と兄は力のない声で、「俺《おれ》は、これから熱海《あたみ》のお父さんのところへと花子のところへと電報を打ちに行くんだ。そして、それから、もう一度医者に酸素吸入を頼んでくるつもりでゐるが、お前にも、頼みがあるんだ」
私は返事をしなかつた。着物を着かへたら直ぐ、木村へ馳《か》けつけてみようと思つてゐたのだ。
「――広小路へ行つてね、イボタの虫つてものを買つて来て貰ひたいんだ」
「イボタの虫つて……」
「俺もよく知らないんだがね」と、兄は云ひ憎さうな調子で、「売薬だがね、好く利《き》く薬なんださうだ。母《か》あさんが是非買つて来いと云ふん
前へ
次へ
全26ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中戸川 吉二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング