、まず普通は七日かかる。それが、この時の航海は風の都合が悪くて、あちこちの港に泊り、その度入浴したり、米の買足しをしたりして、十九日目にやっと大阪に入ることを得た。父は位地がよくなったので、若党を二人、仲間を一人、下女を二人召連れていた。
 大阪に着して、例の中ノ島の屋敷に一両日滞留した。別に見物はしなかった。この屋敷の留守居の下役に安西《あざい》という者があった。その家の子が私と同年輩であるから、遊んでいた。松の枝の切ってあったのを投合っていたところが、私の投げたのが彼の額にあたって、傷がついて血が出た。私も心配して帰って告げると、父は相済まぬことをしたといって私を叱り、直ちに安西へ自ら行って詫びをした。父は安西より地位が高いのであるから、先方でも恐縮して挨拶に来た。
 大阪着の晩、私は錦画を一、二枚買って来たら、父が『こんな贅沢な物を買ってはならぬ』といって叱った。留守居という役は、他の藩々の留守居と交際をせねばならぬ、そしてその交際の場所は京都では祇園町であるので、家禄の増高の外に交際費も貰うのであるが、それでもこの役は結局いくらか借財が出来ると覚悟せねばならなかった。父がこの錦
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