一方に強く傾いて波も一方のみに受けるので、船体は甚しく傾斜する。私は始めてのことだから、こういう時には覆没を怖れた。風が悪くて港に長く止まる際には、港へ上がって風呂をたててもらって、相当の礼をして這入った。船の艫の方に小さく囲った処に穴があって、そこから大小便をすることになっているので、自分の船のはわからぬが、よその碇泊船のは、その穴から汚い物の落ちる所が見えるので、私は可笑《おかし》かった。
 当時ノジという小さな漁船があった。それは一家内乗込んで、原籍も無く、一生を船中で暮す者の称である。このノジがよく碇泊中に、肴を買ってくれといってやって来た。大変に安くて捕り立てであるのでうまい。或る時私どもはこのノジから黒鯛を買って俎板で割くと、その腹から糞が出て来て、大弱りをした。黒鯛は他の魚よりも人糞を食うもので、これは碇泊舶の糞を食ったものらしかった。
 一行の船は段々と帰路が捗取って、もはや讃岐の陸近くへ来た。このあたりで航海者はよく金毘羅《こんぴら》へ向ってお賽銭を上げたものである。それは薪を十文字に結わえ、それに銭を結付けて海に投込むのである。こうした賽銭は漁師などが見付けると、船
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