私の一家は皆江戸住をあまり好まず、始終『お国へ帰りたい帰りたい』といっていた。しかし父は段々抜擢されて藩政上にいよいよ深く関係するようになったので帰れなかったのが、幸か不幸か今度は前にいった事故から免役となって帰ることになったのである。家族等は免役の事は悲しんだが、帰国という事は喜んで、勇しく江戸を出発した。私は『お国』という所はどんな所だろうと思いつつ辿って行《いっ》た。
 この旅行についていろいろ準備をせねばならなかった。まず東海道を通るには駕籠を買調えねばならなかった。舁《かつ》ぐ人足は雲助で、五十三次の駅々に問屋があって、そこへ藩の者といって、掛合えば幾人でも雲助を出してくれる。また荷馬も出してくれる。駕籠も竹で編んだ粗末なのは道中どこでもあるけれども、それには士分以上の者は乗れない。それで駕籠だけは家内一同の乗れるだけどうしても自分で弁ぜねばならなかった。そしてそれは東海道を通る間だけにいるので、伏見からは船だから全く不用になるのである。
 父は兵制上の争から不首尾で免役になりかつ帰藩を命ぜられる際でもあり、また一体父の性分として見えを張らぬ方であったから、駕籠を買うことにな
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