常に愉快であった。殊に店主の初見氏が白山芸者数名を余興として寄附されたのも深く感謝する所である。
 以上の如き数々の祝賀会に対しては、私が自筆の『迎へしは古来稀なる春ぢやげな』の句を染出した帛紗を配った。が、京都や大阪や松山の厚意を受けた人々へは、未だそれを送っていない。そうこうするうち、早数年を経たが、是非生前に何かの挨拶をせねばならぬのである。今一ついい落したが、俳人側においても中野|三允《さんいん》氏が催しの祝賀会は、牛込の清風亭で開かれ、渡辺|水巴《すいは》氏の曲水吟社で催しの会は上野の花山亭で、倉重禾刀氏の乙卯吟社で催しの会は飯倉の熊野神社で開かれまた南柯吟社の武田桜桃氏等の催しは、日本橋の常盤倶楽部であった。就中常盤倶楽部は殆ど二百名の出席者で私にとっては過分の盛況であった。なおこの外、雑誌、『曲水』『南柯』等では特に私のために記念祝賀号を発行して下さった。また林露竹氏等の千代田吟社からは唐木の書棚を贈られるし、その他の人々からも祝賀の記念物を数々貰ったのは私の名誉とする所である。しかるに私であるが、例の貧乏老人はどうか一番自分にも祝賀の大会を開いて、多くの厚意を受けた人々
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