氏は殆ど義絶的であったが、能楽となると、こんな風にやらるるのは、両氏においても美事なるのみならず、私には最も感謝する所である。『花筐』はこれも同郷の喜多流で師匠株になっている、金子亀五郎氏がシテで、ワキは同郷の黒田から妻を娶っている宝生新氏が勤めて下さった。この時も私夫婦は勿論、その頃出京していた山路の娘その他親族を招待してもらった。開会の詞は東洋協会理事の同県人門田正経氏が述べられて私もちょっと挨拶した。それから、この会は俳人その他の細君や娘達が、赤前垂れで模擬店を開いて下さったのも嬉しかった。またこの年に同郷文芸会でも、池内信嘉氏の監理していらるる能楽会の大座敷で、古稀の祝会を開いて下されて、特に私のために、池内氏が作られた文句で同郷の森律子氏が、仕舞をせられた。これも頗る賑々しい事であった。また私の監督していた寄宿舎の関係ある人々からは、前にいった建碑の外、祝賀会をも開いて下さって、これは白山の白山閣であった。この割烹店主はかつて寄宿舎の賄をしていた初見嘉四郎氏であったので、この人の発達といい、旧舎生中でも当時大蔵大臣の勝田主計氏なども出席せられたので、一座の親しみは勿論、私も非
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