楽しみにしていた。また近在の宮や寺や名所などもあまねく廻ったから、今日でも、これらに知らぬ所はない。しかのみならず、寄宿生には時々遠足会という事を催すので、それも私が率先して熟知の名所古蹟等へ伴う事にした。私は身体の人よりも弱いにかかわらず、足だけは幸に達者なので、この書生を率いた時などは、別して痩せ我慢の健足に誇って見せた事である。
寄宿舎に居る生徒は各々自分の目的に従って学校へ通っていたので、法律や政治や経済やまた文学などと各方面の生徒も居たのだが、正岡子規氏とか、河東碧梧桐《かわひがしへきごとう》氏の実兄竹村黄塔氏とかは文学専門であって、なお漢学も修めていたから、私は時々この二人と共に漢詩を作り合う事もあった。また同行して郊外へ散歩する事もあって、この際は漢詩の外、七五体の新体詩見たようなものを、互に附け合うような事もして、暢気な遊びをした、これは言志集といって、今も数冊残っている。尤も子規氏はその少し以前から俳句を作り始めていたので、黄塔氏や私もその真似をする事になって、今で見れば変なものだが、連句みたようなものを作った事もある。が、私はまだ本気に俳句を作ろうという気もなかっ
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