先代左団次の伊達安芸、荒木和助、大谷門蔵(後に馬十)の酒井雅楽頭、大阪から来た嵐三右衛門の愛妾高尾であった。私はこんな新作物は始めてであるし役者も揃っていたので面白く見物した。この度の旅行は末弟の克家を随行せしめていたので、これにも見せて喜ばした。そんな事で平気で滞京しているうちに、今一人の弟の薬丸兼三が九州辺に居て或る悪竦[#「悪竦」はママ]な会社の手先に使われて監獄に入ったという事を聞いたので、まず克家を帰県させ、それから私も校長の雇入れが極ったので、実は公務もそこそこに心配して帰県した。これは後の事だが、右の兼三の事件は幸に刑法にも触れずに放免されたが、私はこの事を非常に怒って、養家に対しても済まぬといって終に先方に談合して離縁してもらった。そうしてこの際兼三には遥の祖先が一時称した宇野姓を名乗らせた。またこの際から私は彼と義絶して暫く書信もせなかった。がその後彼は函館へ行って税関の雇員になっていたが、折節米国の金満家の娘が病死して、その嫁入の手当てとして別に積んでいた金を、宗教の宣伝費に充てたいという希望から、函館にその頃までなかった女学校を設ける費用に寄附した。そうしてモウ弟
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