塾長をしている河野氏にも逢った。兼て藤野翁からの依頼もあり、私どもはもともと漢学生であるという事を知って居られたので、岡先生も漢学話などをせられて、数時間も居て辞し去った。しかし二人ともサア今日から行こうという気にならず、なんだか横文字の書を開くのがオックウな感じがして、一日一日と遅らした。そのうち或る都合から由井氏とは同寓する事をやめて、私は藤野翁の宅へ頼んで同居させてもらった。そこでいよいよ岡塾へ行く機会を失ったが、この宅にも塾を開かれて、漢学を教授して居られ、塾長は会津人の斎藤一馬氏といって、この人は漢文が巧かった。そんな事から私は持って生れた漢学の嗜好の関係よりこの塾中の人々と交際をして、詩の応酬なども始めた。
 この藤野宅に寓居している時であった。ある日大火だと人が騒ぎ出したから、塾生らと共に行って見ると、今しも和田倉門内の旧大名邸が燃え落ちて、飛火が堀を越して某邸へ移って盛んに燃え揚る所であった。そこでこの火の燃え行くのを見物しつつ段々と歩いて、即ち火事と同行をなしつつ築地まで行った。けれども余りに風が強く砂が眼に入るので遂に堪え切れずして帰寓した。この火はとうとう海岸まで
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