焼け抜けて、西本願寺を始め、その頃有名なる築地ホテルも烏有に帰してしまった。これは明治以後東京始めての大火であったのだ。
そうこうするうち、明治五年となって、いよいよ旧藩庁が新設石鐵県へ事務を引継ぐ事となり、従って私どもの学資も出所がなくなった。藤野翁はこちらで修業がしたいなら、その学資位はどうかして周旋しようともいわれたが、私は郷里の父が彼の平均禄位では生計が立たず、さぞ困却していようと思うと、この上東京で一人安気にぶらぶらしているのが済まない感が生じた。これは初一念とは違うのだが、小胆な私はこう思い出すと、矢も楯も耐らず、藤野翁の好意には反くけれど、終に帰郷する事に決した。由井氏も同様に帰郷するはずであったが、都合に依り私は一人旅行で東海道を行く事になった。旅贅は未だ旧藩の出張所員からくれたので、豊かでもないが、それで東海道の名所位は少しの廻り道をしても見物しようと思い定めた。頃は三月であったろう、東京を出発して、その時はもう人力車がどこにもあったから、一日の行程も以前よりは早くはかどって、大阪まで着いた。川止めなども旧藩時代の如く殊更らなことをせぬから何の滞りもなかったのである
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