参事とが替り合って出張する事になった。そうして大参事は、正権共に公儀人の役目も持った。そこでその頃少参事の小林信近氏が東京へ出張したので、氏がその頃管理していた、刑法課を私が暫時代理した。即ち学校課の外にこの刑罰等に関する事務にも関係したのである。その頃の白洲というは罪人を訊問する処で、刑法課の属官が主任となり、その下に同心とか、手先とかが囚人を直接に取扱った。故に権少参事の私は、それを隙見をするのみであったが、その頃の事とて、罪ありと認めた者が容易く自白せぬ時は、拷問にかけた。拷問法も種々あったがまず軽いのは、灸を握りこぶしほどに大きくかためてそれを衣をまくった膝の上に置いて火を点し、漸々と燃え立っている火が下へ喰入って行く、そこで今に痛くなるぞと言って手先が脅す、囚人も最うたまらぬから、申上ます、申上ますというと、その灸を払い捨ててやる。けれども、強情なのは随分その大きな灸の火に苦痛を忍ぶものもあった。それから、鉄棒挟というがあって、鉄の二本の棒の一方を釘止めにしたその間へ足を挟んで上から締め付ける、すると骨まで挫けそうで痛いから罪人は白状する。あるいはその鉄棒挟みを衣を捲った膝の
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