所は熱心に努めたが、一旦時勢の変遷を看破して身を退いた以上は、忽ち洒々落々として少しも愚痴をいわない。申さば諦めがよい、これから後は貴様達でやりたい通りに遣れといったような風でいた。父は若い時、勝成公の君側に仕えた時分は、その御相手として多少読書もするし、詩なども作っていたが、それ以来忙しい職務となったので、それらも廃してしまった。しかるに最近閑散の身となったので、ぼつぼつ読書もするしまた詩を作る事も始めた。そうして、この詩だけは私にも示して批評を求めた。またその頃の邸地面はかなり広いが上に、隣地の空き邸を幾分貰い受けていたので、そこに畠を拓いて、父は自分で鍬を執り肥を蒔きなどして、そんな事で充分精神を慰めていた。
その頃東京では段々と脱刀とか散髪とかいう事が始まって、後には廃刀令というのも出たが、まだ最初は随意にやりたい者がやったので、その事が藩地へも知れたから、私は同僚の二、三と共に直に散髪になった。刀の方はその頃の事とて少し、用心もせねばならぬから一刀だけを帯ぶる事にした。この一刀も東京あたりでその頃流行したもので、これまでの大小の、大よりも少し短かくして、その飾りは、奢ったも
前へ
次へ
全397ページ中252ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
内藤 鳴雪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング